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| 鎮座地 | 宮崎県西臼杵郡高千穂町大字三田井1037 |
| 主祭神 | 高千穂皇神(たかちほすめがみ)=日向三代と称される皇祖神とその配偶神の以下6柱の総称 瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)、木花開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)、彦火火出見尊(ひこほほでみのみこと) 豊玉姫命(とよたまひめのみこと)、鵜葺草葺不合尊(うがやふきあえずのみこと)、玉依姫命(たまよりびめのみこと) 十社大明神=神武天皇の皇兄、三毛入野命とその妻子神の以下9柱の総称 三毛入野命(みけぬのみこと)、妃神鵜目姫命(うのめひめのみこと)、御子太郎命(みこたろうのみこと) 二郎命(じろうのみこと)、三郎命(さぶろうのみこと)、畝見命(うねみのみこと)、照野命(てるののみこと) 大戸命(おおとのみこと)、霊社命(れいしゃのみこと)、浅良部命(あさらべのみこと) |
| 宝物・文化財 | |
| 備考 | 高千穂郷八十八社の総社 |
社伝によれば、高千穂神社は三毛入野命が神籬を建てて祖神の日向三代とその配偶神を祀ったことに始まり、三毛入野命の子孫が長らく奉仕して、後に三毛入野命とその妻子である十社大明神を配祀、垂仁天皇の時代に社殿を創建したと云う。古くは高千穂皇神社として続日本後紀に記述があり、1200年以上の歴史を持つ古社である。
天慶年問(平安時代938年-947年)、高千穂太郎大神政次(豊後国からの三田井家養子)の時代に十社大明神と称されるようになり、高千穂八十八社の総杜になったと云う。
1871年(明治4)に「三田井神社」と改称、更に1895年(明治28)現社名に改称した。