2019年3月31日 日曜日

 全国に3000社以上ある熊野神社の総本宮である熊野三山(熊野本宮大社・熊野速玉大社・熊野那智大社)の一つ。創祀は崇神天皇の御代(紀元前33年)と云われる。 奈良時代から平安時代にかけて、熊野は仏教・密教・修験道の聖地となり、自然崇拝に根ざしていた熊野の神々は仏たちと習合していった。その過程で三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏たち)をお祀りするようになった。

 平安時代末期から鎌倉時代にかけて熊野への信仰が急速に高まり、法皇・上皇の熊野三山に参拝する熊野御幸は100余度を数え、多くの皇族や貴族がお参りするようになった。鎌倉時代になると武士の参詣が盛んになり、室町時代には庶民も含めた様々な階層の参拝が盛んになり、「蟻の熊野詣」と言われるほどの賑わいとなった。

 本宮は、古より熊野川・音無川・岩田川の合流点の中州である大斎原(おおゆのはら)に鎮座していた。江戸時代中期に現在みられる社殿が造築されが、明治時代の熊野川の氾濫によって、社殿の大部分が流失したため、12社のうち上4社を現在の場所に遷座し、中4社・下4社の神々を大斎原の石祠に合祀した。

 2004年(平成16)7月、和歌山県・奈良県・三重県にまたがる3つの霊場(吉野・大峰、熊野三山、高野山)と参詣道(熊野参詣道、大峯奥駈道、高野山町石道)は、「紀伊半島の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録された。

鎮座地 和歌山県田辺市本宮町本宮1100
主祭神 家津美御子大神 (けつみみこのおおかみ)
宝物・文化財
備考 式内社名神大、旧官幣大社、別表神社