2016年8月24日 水曜日

 当地「大庭」は古代出雲の中心地であり、社伝によると、当社は天穂日命(あめのほひのみこと)がこの地に天降って創建したとされ、天穂日命の子孫が出雲国造(いずものくにのみやつこ、いずもこくそう)として25代まで当社に奉仕したという。出雲大社が創建されると出雲国造家は祭主として大社へ移住したが、その後も国造の代替わりの儀式である「神火相続式(おひつぎしき)」や出雲大社の「古伝新嘗祭(こでんしんじょうさい)」の際には、奉仕のために明治初年までは当社に参向していたと云う。

 熊野大社、八重垣神社、六所神社などとともに意宇六社(おうろくしゃ)の一つに数えられる古社だが、何故か「出雲風土記」にも「延喜式神名帳」にも社名が記載されていない。隣接する出雲国造家の屋敷跡から、古くは出雲国造家の私斎場だったためと推測する説もあるが、文献における初見は1208年(承元2年)の鎌倉将軍下文であり、実際の創建は平安時代中期以降と見る向きもある。

 現在は伊弉冊大神(いざなみのおおかみ)を主祭神とし、伊弉諾大神(いざなぎのおおかみ)を配祀するとしているが、これは中世末期ごろからのもので、それ以前の祭神は不明である。

鎮座地 島根県松江市大庭町563
主祭神 伊弉冊大神 (いざなみのおおみかみ)
伊弉諾大神 (いざなぎのおおみかみ)
宝物・文化財
備考 旧県社 本殿は国宝指定