2006年9月10日 日曜日

 秩父市の中央に鎮座する秩父神社は、三峯神社、宝登山神社と並んで秩父三社の一つとされ、古くから秩父地方の総社として崇敬を集めてきた。崇神天皇(約2000年前)期に知知夫国造であった知知夫彦命(ちちぶひこのみこと) が、祖神である八意思兼命(やごころおもいかねのみこと) を祀ったことに始まると云われる。永禄12年(1569)に武田信玄の秩父侵攻によって焼失したが、天正20年(1592)に徳川家康によって再興された。昭和28年に秩父宮殿下が合祀されている。

 また毎年12月2、3日に行われる「秩父夜祭」は秩父神社の例大祭として300年以上の歴史があり、京都祇園祭・飛騨高山祭とともに日本三大曳山祭のひとつに数えられている。

鎮座地 埼玉県秩父市番場町1-1
主祭神 八意思兼命 (やごころおもいかねのみこと)
知知夫彦命 (ちちぶひこのみこと)
天之御中主神 (あめのみなかぬしのかみ) =妙見様
秩父宮雍仁親王 (ちちぶのみややすひとしんのう)=昭和天皇の弟宮
宝物・文化財 国指定重要民俗文化財: 秩父夜祭・神楽
備考 知知夫国一の宮、旧国幣小社 / 神体: 武甲山 / 神木: 銀杏

西沢渓谷の帰りに秩父神社に立ち寄った。秩父鉄道・秩父駅の西側に鎮座し、鳥居は南側の道路に面している。

鳥居をくぐると右手に社務所があり、左手は駐車場を兼ねた境内となっていた。

石段を上った先には神門がある。

神門をくぐると、正面に秩父神社の社殿が現れた。

天正20(1592)年、徳川家康による寄進と云われる社殿は、権現造りの荘厳なたたずまい。県指定文化財です。

建物の壁に飾られた絢爛豪華な彫刻が、社殿を一層華やかなものにしている。

彫刻の内容は実にさまざま。虎、猿、雉、鶴、亀、龍に鳳凰、恵比寿様から大黒様と、何でもあり。

一見すると派手だが、色彩のバランスがよくて朗らかな味わいがある。

しばらく眺めていると、これはこれでありだなぁと思えてきた。

徳川家康は、寅の年、寅の日、寅の刻生まれ。そのため拝殿正面南側に4面の虎が彫刻されている。

子虎と戯れる親虎の彫刻は、名工・左甚五郎作「子宝・子育ての虎」。

本殿西側には龍と「お元気三猿」。

日光東照宮の三猿とは違い、「よく見・よく聞いて・よく話そう」といった仕草を表している。

本殿北側には学業の神様として知られる「北辰の梟(フクロウ)」。

体は正面の本殿を向き、頭は正反対の真北を向いて昼夜を問わず祭神を守っている。

本殿東側には、左甚五郎の作と云われる「つなぎの龍」。この青龍は、北東(表鬼門)を守護している。

しばしば抜け出して暴れるため、彫刻を鎖でつなぎとめたところ、龍が暴れなくなったという伝説がある。

境内右手の東照宮。

境内右手の天満天神宮。(本殿後方の天神地祇社には、全国の一ノ宮・75座が祀られている)

境内左の柞稲荷(ははそいなり)神社。

境内左の諏訪神社。

娘は「北辰の梟」のお守りを、私は開運のお守りをそれぞれ購入した。

帰りに寄った社務所。

社務所は、真新しい綺麗な建物だった。