2日目 登頂・下山編
富士山
3,776 m
| 登山日/天候 | 2008年7月30日 水曜 / 晴れのちくもり |
|---|---|
| ルート所要時間 | 本八合目 胸突江戸屋5:25 → 5:50八合五勺 御来光館6:10 → 九合目 鳥居6:50 → 7:45吉田口・須走口山頂8:10 → 8:55富士宮口山頂9:30 → 9:50富士山剣ヶ峰10:00 → 10:55吉田口・須走口山頂11:40 → 本八合目 胸突江戸屋12:10 → 七合目 大陽館13:10 → 砂払い五合目14:40 → 新五合目 須走口15:30 |
| 難易度データ (≒) | 標高差 : 1,806m / 累積標高差 : 1,900m / 歩行距離 : 2日目 10.0km / 標準歩行時間 : 2日目 6時間45分 |
御来光を山頂でみるグループが2時頃に出た後も寝られず、4時起床。頭痛と微熱があったので嫁からバファリンをもらって飲んだ。
外に出ると夜空には三日月が出ていた。
見なくてもいいと言う娘を無理に起こして、ご来光を見る場所を確保。雲海と朝焼けを眺めながら待機する。
4時半頃になると、山小屋前で御来光を待つ登山客の姿が増えてきた。
4:47 東の空の橙色がゆっくりと濃くなって、雲海の向こうに御来光が見えてきた。
周りで歓声が上がり、静かな充足を感じた。
明らかな高山病の症状にどうしようかと思っていたが、御来光を家族で見ることができて気力が沸いてきた。
御来光はすうっと雲の上に出て、眩しく世界を照らすいつもの太陽になった。
5:25 お弁当を受けとって山頂へ出発。ここまで来たら四の五の言わず登るしかない。
どこまでも広がる雲海を背に、胸突き八丁の登りをゆっくり進む。
北側斜面の向こうには八ヶ岳と金峰山や甲武信ヶ岳など奥多摩の山々が見えていた。
歩き始めは朝陽を浴びた砂礫(スコリア)が驚くほど赤かった。スコリアとは火山噴出物の一種で、塊状で多孔質のものをいう。通常は黒から暗灰色だが、噴出した時の条件によってはマグマに含まれる鉄分が酸化してヘマタイト(赤鉄鉱)となり、紫から赤色となる。
5:50 八合五勺の御来光館(3,450m)に到着。
小屋の前のベンチで鮭弁当を食べた。お腹が減っていたのでおいしかった。
眼下には九十九折りの登山道と山小屋の連なりが見えた。
山頂で御来光を拝んだと思われる登山者たちが、下山道を大挙して下りて行くのが見えた。
6:10 朝食を済ませて登山再開。
20分ほど上ると身体が温まってきた。
頭痛で調子が上がらないが、まだまだ山頂までは遠い。
ふと北側斜面を眺めると、甲斐駒ヶ岳が見えていた。
甲斐駒ヶ岳の右奥には北アルプスの奥穂高岳や槍ヶ岳もうっすら見えていた。
こららは奥多摩の山々。左から金峰山、朝日岳、国師ヶ岳、甲武信ヶ岳、破風山。金峰山と朝日岳の間にはうっすら浅間山も見えている。
やっと九合目の鳥居(3,600m)に到着。
鳥居からさらに登ると九合目・迎久須志神社(むかえすくしじんじゃ)。現在は閉鎖中。
山頂が近くなってきたが、深い呼吸を心がけてもいっこうに頭痛は治まらなかった。
足元には通過してきた山小屋が遠くまで並ぶ。
上ってきた距離を考えれば、山頂まではあとわずか。山頂に建ち並ぶ山小屋も見えてきた。
小刻みにジグザグを繰り返して、砂礫と岩の急な坂を一歩一歩上っていく。
ときおり振り返って見事な雲海を眺める。景観に励まされながらゆっくりと進んだ。すでに雲は遥か下に見える。
山頂直下は斜度がキツくなり、大きめの岩石も増えて渋滞気味となった。
順番を待つようにゆっくり上り、鳥居前の狛犬まで上ってきた。
山頂下の鳥居に到着。ついにここまで来た。
7:45 鳥居から少し上がって吉田口・須走口山頂に到着。
久須志神社(東北奥宮)の前で記念撮影。御祭神は大名牟遅命(おおなむちのみこと)、少彦名命(すくなひこなのみこと)。
頂上の久須志神社でお守りを購入した。神社の左は山小屋4棟が建ち並び、登山客で大賑わい。
8:10 一息ついてお鉢巡りスタート。一周約2.3kmで、歩行時間は約1時間半。山頂の八つの峰を巡ることから「お八巡り」と呼ばれ、いつしか火口の形状にちなんで「お鉢巡り」に変化したと考えられている。
直径780m(剣ヶ峰-久須志神社)、深さ237mの荒々しい噴火口「大内院」。火口の向こうに日本最高点の剣ヶ峰、その左下には棚のように突き出た虎岩も見える。平安時代に登頂したと云われる都良香(みやこのよしか)の「富士山記」の記述には「蹲虎(そんこ=うずくまる虎)の如し」とある。
最初になだらかな丘(成就岳)を越えると、帽子のような伊豆ヶ岳(3,749m)が見えてくる。成就岳(3,735m)は八神峰(はっしんぽう)とも、八葉(はちよう)とも称される8つのピークに含まれるが、伊豆ヶ岳は含まれない。
雲海の広がる絶景を見ながら東側の切れ落ちた砂礫の道を歩く。
娘はどんどん進んでいくが、揺らすと頭の中で銅鑼が鳴っているように頭痛がするので、ゆっくりとしか歩けない。
お鉢巡りは雲上を歩いているようだった。
荒巻(あらまき)と呼ばれる鞍部の手前まで来ると、前方に朝日岳(3,733m)が見えてきた。鞍部は風の通り道になっており、天候によっては猛烈な風が吹くという。
朝日岳を過ぎると広々とした平坦地、東安河原(ひがしやすのはら)に出る。
雲海の下は霞んでいたが、海が見えていたようだ。
石造りの建物はNTTの富士山頂分室跡で、無線中継所として使われていたらしい。
しばらく行くと御殿場口山頂(3,706m)。
御殿場口の山頂から駒ケ岳(3,722m)と浅間岳(3,722m)の間を上がると、富士宮口山頂に着く。山頂富士館で休憩した。
富士山頂上浅間大社奥宮。
ハガキを書いて山頂郵便局から出した。気圧の変化でスナック袋はパンパン。小さなインスタントのおしるこが600円で驚いた。
三島岳(3,734m)の北側を歩いて剣ヶ峰へ向かう。
馬ノ背と呼ばれる砂礫の急斜面を上って剣ヶ峰へ向かう。
息が切れてほんの少しずつしか上れない。下っていく人も足元が滑って大変そうだった。
閉鎖された測候所を上がり、ついに日本最高点へ。
剣ヶ峰(3,776m)からまだ雪の残る富士の火口がよく見えた。左の山が白山岳(3,756m)。
左手前が虎岩で、右上には頂上富士館などが見える。
9:50 剣ヶ峰で記念撮影。測候所跡が目の前にあるためか、日本最高点にいる感覚はなかった。
剣ヶ峰には二等三角点が設置されている。ちなみに一等、二等の等級は山のランクや標高で決まるものではない。
西安河原から外輪コースに上がる。雲の上を歩いているよう気分だった。
雲海を眺めながらしばし休憩。
頭痛が酷くて歩くのがやっとという状態は続いた。
ここにきて娘は絶好調。どんどん先へ進んで行く。前方右上に見えるのは雷岩。
雷岩の手前で右に曲がり、小内院と呼ばれる噴火口跡を左に見ながら白山岳(3,756m)と久須志岳(3,725m)の鞍部に上がる。
何度も待たせてやっとの思いでついていく。あまりに頭痛が酷いので、そのうち脳内出血でもしているんじゃないかと心配になってきた。
平坦な久須志岳を越えて吉田口・須走口山頂へ向かう。
10:55 須走口山頂に到着。ゆっくり回ったので予想以上に時間がかかった。
頂上山口屋本店でうどんとラーメンを食べてから、11:40 下山開始。
標高が下がれば頭痛も治まるだろうと期待しつつ歩き始めた。
広い砂礫の下山道をひたすら下る。下りになってますます娘のペースが速くなってきた。
かなり下ったはずだと思ったのに、まだ本八合目の胸突江戸屋と知ってがっかりした。あらためて遠いと実感。
山小屋の前で休む団体をパスしてさらに下る。
本来ならガンガン下れそうな道だが、頭痛でまったくスピードがでない。先へ行く娘を何度も待たせた。
こんなに上ってきたのかと思うほど、延々と下りが続く。
振り返ると山頂は随分遠くなっていた。高度が下がっているはずなのに頭痛は止まなかった。
下り始めて1時間半で大陽館に到着。下るほどに霧が濃くなってきた。ここから下は砂走り。
楽なはずの砂走りだが、頭が揺れて頭痛が酷くなり、何度も立ち止まった。
長い砂走りを何とか乗り切って、霧の中から吉野屋が現れたときは嬉しかった。
下り始めて約3時間40分。足もガタがきていたし、頭痛も酷くて大変だったが、ようやく新五合目の鳥居に到着した。
行きと違い、鳥居からの石段が長く感じられた。
2日目早朝、雲海の向うに神々しい御来光を拝むことができた。この日は丸一日頭痛に悩まされ続けたが、ゆっくり進むことで何とか登頂を果たし、雲の上を行くような富士山頂の高度感を十二分に楽しんだ。頭を揺らすと中で銅鑼を鳴らしたような頭痛がするので、歩くのが非常につらかった。何度も休みをとって無事に下山することができたが、微熱もあってある意味では羅臼岳以上につらかった。娘も頭痛があったようだが、体力的にはかなりの余裕が見られ、どんどん先に行ってしまうので何度も強制的に待ってもらった。嫁だけは頭痛もなく順調な山登りを続けていたようだ。
頭痛と疲労で帰りの運転が思いやられたが、頭が揺れないとほとんど頭痛はしないので、歩くよりずっと楽だった。途中眠くて仕方なかったが、渋滞もなく19時過ぎには帰宅できた。いろいろ大変だったが、家族そろって念願の富士山登頂を果たすことができたので、すべてひっくるめて素晴らしい体験だったといえる。御来光も見れたし、本当によかった!!